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ブログ ブログ 2025.06.24

解離性大動脈瘤の手術と「脳梗塞」のリスク:血流を解析して安全な手術を

(郡司 裕介)

心臓から全身に血液を送る大動脈という血管に、「動脈瘤」というコブができてしまう病気があります。このコブが大きくなると破裂する危険性があるため、手術で治療することがあります。特に、大動脈の壁が二層に裂けてしまったことで発生する「解離性大動脈瘤」という病気では、手術が必要となるケースがあります。

手術には、開胸手術血管内治療がありますが、当院ではその両方を行うことが可能です。血管内治療は患者様の身体的負担を少なくできるメリットがありますが、動脈瘤の形や範囲によって再発してしまう場合もあります。そのため、日本の診療ガイドラインでは、広範囲の解離性大動脈瘤に対しては開胸での人工血管置換術の推奨度が依然として高いのが現状です。

開胸での手術の際、人工心肺という機械を使用して手術を行います。コロナによるパンデミック以降、一般の方々もECMO(エクモ)という言葉をご存知の方もいるかと思いますが、人工心肺はエクモと似たような機械ですが、(実際はエクモより複雑です)この機械を使用することで、安全に心臓や大血管の治療が可能になっています。人工心肺ですが、足の付け根にある大腿動脈から血液を送り込む方法がよく用いられます。これは「逆行性送血」と呼ばれ、手術中の体の血液循環を維持するために重要な方法です。しかし、この逆行性送血には、「塞栓症」、特に脳に血栓や粥腫(コレステロールなどが沈着したもの)の塊が飛んでしまう「脳塞栓症」のリスクが指摘されています。なぜなら、血液を逆方向に送ることで、血管壁に付着していたものが剥がれて、脳に流れていってしまう可能性があるからです。

これまでの研究では、どのような状態の解離性大動脈瘤だと塞栓症のリスクが高まるのか、漠然とイメージすることはできておりましたが、実際手術中の血流がどのようにながれているかを見ることは不可能であるため、はっきりとは分かっていませんでした。そこで、湘南藤沢徳洲会病院の心臓血管外科の医師と株式会社Medical Circulatorとタイアップし、この問題に取り組んでいます。

我々は解離性大動脈瘤の患者さんのCT画像をもとに、大動脈の3Dモデルを作成しました。このモデルを使って、大腿動脈から血液を送ったときに、大動脈の中の血液の流れがどうなるかをコンピューターでシミュレーションしたのです。これは「数値流体力学(CFD)」という、水などの流体を分析する技術を応用したものです。

特に注目したのは、「Primary entry」と呼ばれる、大動脈の壁が最初に裂けた場所が、心臓に近い「遠位弓部大動脈」にあるかどうかです。そして、血液の流れの速さや、血管の壁にかかる力(WSS:Wall Shear Stress)を測定しました。

この研究から、遠位弓部大動脈にPrimary entryがある慢性解離性大動脈瘤の患者さんに逆行性送血を行う場合、偽腔内の血栓による塞栓症のリスクが高いことが明らかになりました。また、Primary entry付近の血管にも強い力がかかるため、この部分の血管の状態にも注意を払う必要があると結論付けられています。

これらの結果は、我々が経験的に得られていた結果を裏付けるものでありました。現在、この結果をもとにさらなる解析を行っております。

手術は適切なリスク評価を行うことで、あらかじめ予防策を講じることが可能です。それは、患者様に正確で安全な治療を提供することにつながります。この研究は、患者様の大動脈の状況を詳しく解析することで、より安全に手術を進めるための重要な手がかりを与えてくれるものです。日々の診療とあわせて、将来的に個々の患者さんに応じた最適な手術方法を選択するために役立つことを期待し研究にも精進してまいります。

当院では、大動脈疾患の治療にも力をいれております。検診での異常、近親で大動脈の病気が多く不安、他院で診断されたが治療するか迷っている等、いつでもご相談ください。

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